名著を要約して紹介しながら、受験で勝利を治めるためのメンタルトレーニングができるコーナー。今回はスティーブン・コヴィ氏『7つの習慣』の第二の習慣について記事を書いていこう。

この章を読む前に著者はこのように読者に対してすすめている。
「これから数ページを読むために、静かで邪魔の入らない、ひとりきりになれる場所に行き、生活の忙しさ、仕事(勉強)、家族の問題、友達のことなど一切忘れて、自分の意識を集中して心を開いてもらいたい。」
と書いてある。

ふむふむ。何だろう?と思いながらワセモンは活気のある美容室の待ち時間の中でこの先を読んでいた。(読書は場所を選ばない!と思って笑)

著者は続けている。「愛する人の葬儀に参列する場面を心の中に思い描いてほしい。あなたは、会場に向かって車を走らせ、駐車して、車から降りる。そして会場に入ると、花が飾ってあり、あなたは静寂な雰囲気に包まれる。その場に集まっている人からは、別れの悲しみがにじみ出ているのと同時に、故人と知り合いになれた喜びが感じられる。
 あなたは、会場の前に進み、そこに飾ってある写真を見る。すると、なんとそこにはあなた自身の顔が飾られている。…略。」

前途洋々とした高校生、浪人生など受験生たちには「お呼びで無い」内容が書いてあると思ってしまったかもしれないが最後まで読み進めてほしい。

ワセモンはここまで読んで、この章で言わんとしていることは大体(先を)読めた(見通せた)。

何について書こうとしているのか、予想できただろうか。

第二の習慣は、「目的を持って始める」ということだ。

著者は、章の始めに、根本的な問いを読者に投げかけたかったのだ。あなたは人生の幕を閉じた時に、あなたの死を惜しんで訪れてくる人たちに何を残したかったのか。友にとって、家族にとって、同僚にとって、どんな親であり、また子であり、先輩であり、同僚であり、後輩であり、どんな人(存在)だったと、言葉をかけてもらいたいかと。
『7つの習慣』は、目先の(ビジネス、立身出世、その場その場の人間関係の処世術)成功ではなく、人生の本質的な成功とは何か(本当の成功の定義とは何か)、をたえず考えさせながら人生の歩みについてガイドラインを示してくれている。

今回の「目的を持って始める」の章には、主に3つのキーワードがあげられる。

① 「成功のはしご」
② 「すべてのものは二度創造される。第一次創造と、第二次創造。」
③ ミッション・ステイトメントを書く(生活の中心をどこに置くのか)

まず①については、はしごをかけて、自分の持つ全ての労力、才能、時間を注ぎ込んでそこを登りつめた。やっとのことで登りつめて、到達したフロアに立ってみたら、「ここが私の目指した場所だったのか?いや、ここじゃない!どうしてはしごをかけるところを最初に間違ってしまったのか!」と、過ぎてみて初めて後悔してしまう人が、あまりにも多いということだ。
受験に関しては、まずはしごをかけない、はしごを登らないで後悔する人も多い。本気になれば自分はできる、まだ自分は本気を出していない、そういってやるべき時を逃して、最後に「大学受験って難しいってことがわかった。」とわかって後悔するパターンだ。

しかし、努力の方向、努力の方法を間違って、得るものを得たけれども、「思っていたもの、本当に望んでいた結果」とは違った結果になってしまって後悔する人もいる。
「7つの習慣」では、それを人生という最も大きなスパンで、「何のために生きていくのか」という部分に目を向けながらも、短期中期的な1つ1つの課題に対して、「どこにはしごをかけるのか=目的は何なのか、努力の方向性はどこを向いているのか」ということを非常に重視している。

それが②の「二度創造」というキーワードにつながっている。

すべてのものは二度創造される、とはどういうことだろうか。
著者は、すべてのものはまず「知的な第一次創造」をなす、としている。
たとえば、家を建てるとしよう。大工には「二度測って、一度で切る」という格言があるらしい。そのくらい、「正確に」設計図を書く、構想するのが大事だ、ということを示しているのだ。どんな家にするのか、リビングの広さ、間取り、庭には何の木を植えるのか…。楽器練習用に防音室も設けるのか、目的によって、結果が大きく左右される。
会社も、達成しようとしている目的が明確ならば、ターゲットとする市場はどこで、どんな商品やサービスを提供するのか、そこから資金、管理、マーケティング、人事、機材などの各資源を組織する。
学校も同じだ。どういう学校にするのか。文武両道にするのか、開成高校のように、東大に合格するために二年生の内に部活を全員引退するのか、それともスポーツ推薦を実施して全国屈指の強豪校をつくるのか。そのためにどんな先生を集めて、どういう授業計画で学力を高めていくのか、目的(レベル)に合わせて受験生が集まり、その方向性(学校経営計画)に合わせた学校になっていく。

ワセモンのこの企画も、「モチベーションの保ち方」というタイトルで連載しているが、このモチベーションと大きく関わる部分が、この「目的」、つまり、第一次創造にあたる部分だ。「~のために早稲田に行く」→「早稲田に行くための努力、成果」という「結果体としての」第二次創造が生まれる。

早稲田といえば「私学の雄」「反骨精神」「世界からしたら東大・早稲田が日本の大学」「留学提携数日本一」「一流の学生が集まる早稲田」様々な評判がある。
ワセモンは、このような記事を書くくらい「個性的」な高校生だったから、早稲田に行けば浮かないだろう、早稲田に行けば志の高い人間と会って面白いことができるだろう、世界に通用する人間になれるだろう、そのような思い(目的)で受験勉強を乗り切ることができた。田舎から出てきた自分にとっては、受験前日に初めて本物の大隈講堂、門なき門を見て、感動したことが懐かしい。

そしてこの章の結論部分になるのが、③のミッション・ステートメントだ。(個人的憲法、または信条、と訳してある)

ワセモンはこれを、憲法という言葉よりももっと適切な日本語があると思った。記者になった友人、外交官になった友人、異例の若さでとある地区の行政のトップに就任した人物(友人の結婚式でスピーチをしていたのだが)も、共通して使っていた言葉が、「使命」だ。

使命感というものは、時に自分が予想するキャパシティー以上の大きな力を発揮する。
著者は、その友人ロルフ・カーの信条を紹介している。

「まず家庭で成功しよう。神の助けを求め、それにふさわしい生活をしよう。どんなことがあっても正直に生きよう。貢献してくれた人たちを忘れず、感謝しよう。貢献してくれた人たちを忘れず、感謝しよう。判断を下す前に両者の言い分を聴こう。助言は素直に受けよう。陰口を言わず、その場にいない人を弁護しよう。誠意を持ちながら強い決断力を持とう。毎年、新しい才能をひとつずつ身につけよう。明日の仕事は今日計画しよう。持ち時間を活用しよう。前向きな姿勢を維持しよう。ユーモアを忘れないようにしよう。公私にわたり秩序正しく生きよう。失敗を恐れず失敗から学び、成長の機会を逃すことをおそれよう。部下の成功を助けよう。自分が話す二倍の時間、人の話を聴こう。次の作業や昇進にとらわれず、今行っている作業に全力を集中しよう。」

なるほど、これがミッション・ステートメントか。

その後、生活の中心をどこに置くのか。夫・妻中心、子ども中心、友人中心、敵中心、仕事中心、お金中心、所有物中心、宗教組織中心、自己中心というくくりで分類し、それぞれを中心にした際の「安定性」「方向性(意思決定)」「知恵(生活のバランス感覚)」「力(目標達成の力)」というグループに分けて長短を分析している。そこについては割愛する。

著者が最も強く主張していることは以上のどれでもなく、「原則」を中心にして生きるということだ。「7つの習慣」で一貫するのは、民族的な風習、宗教を超えて存在する普遍的な「原則」(著者の表現から推測すると、「正しいと共感を得るもの、批判されないもの」)を身につける、ということだ。
しかし、それが何か、は書かれていない。書くとビジネス書ではなく宗教書になってしまうからだろうが、経験則的に、○○な時は××だよね、という書き方がずっと続く。

ただ、言わんとすることはここまで読んで伝わったと思う。

「モチベーションを保つ」

ということにおいても、
自分にご褒美をあげるとか、学校で自習する前に友達と学校前のコンビニでジュースとチョコレートを買うとか、中短期の目標を書きだして、ワセモンなんかは毎日やることを書いては消していく、カレンダーには必ず良くても悪くても、過ぎた日は赤丸で○印をつけていくとか、工夫していたことはいくつかある。

ただ、根本に置いていたものはあった。友達と、「将来~な人間になって、…なことをやりたい」そんな話を、よく語り合ったものだ。男だから、そういう「志」みたいな部分で、共感して、熱くなるというのは、すごく大事にしていた。

でも男だろうが、女だろうが、「早稲田ならモテる」とか、「早稲田なら遊べる」とか、「早稲田なら一流企業」にとか、それも構わないけど、この記事を読んだ人には、家族とか、出身地域の貢献とか、この日本とか、世界とか、未来のために、がんばりたいと思って、受験勉強に励んでもらいたいという気持ちはある。次回は第三の習慣を紹介する。


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