アーカイブ 6月, 2013

『モチベーションを保つ自己管理術 5』

2013, 6月 28th,金曜日,

3週間ぶりの更新となる「モチベーションを保つ自己管理術」ですが、今回から大きく話の内容が変わります。今まで、スティーヴン・コヴィ氏の『7つの習慣』の導入、第1~第3の習慣について要約して紹介してきましたが、その内容は全て(原著の言葉をそのまま引用すると)「私的成功」に関する内容でした。つまり、自分自身を自制すること、自立すること、自分自身に対しての成功なしに、人と共に成功をすること、社会的な成功をおさめることは不可能である、という著者の考えに立って紹介してきました。

 

 

第四の習慣から第七の習慣までは、「公的成功」に関わる内容になってきます。

今回は、第四の習慣を紹介する前に、「公的成功」をおさめるための基本となることをまとめていこうと思います。受験と何の関係があるのか、と疑問を持つ人も多いかもしれませんが、受験、大学生活、就職、結婚、子育てなど、人生という長期的な視座に立って文章を構成しているので、大は小を兼ねるというスタンスで、受験に当てはめて読み進めてもらえたら幸いです。

 

 

さて、「公的成功」という言葉を見て、どういうイメージを持ったでしょうか?

早稲田に合格する、有名企業に合格する、国家公務員一種試験に合格する、司法試験に合格する、ミス早稲田と結婚する…様々イメージをして、公的成功=社会的名声を得る、と解釈した人も多いと思います。私も最初はそう思いました。しかし、『7つの習慣』で書かれている公的成功は、そういう目に見える肩書きや成功というよりもむしろ、「人と人との間で起こりうることについて成功する、人間関係について成功する」ということを目的としています。もともとビジネス書というジャンルですから、上司と部下の関係、妻と夫の関係、父と息子の関係として本人の経験をもとに豊富な具体例が紹介されながら、成功へのプロセスが説かれています。

 

 

私的成功から公的成功について転換する前に、原著では「信頼残高」というキーワードが登場します。この信頼残高が高いか低いかで、コミュニケーションが容易になるのか、難儀になるかを左右するというのです。

 

 

抽象的な話を続けても話が見えてこないので、親子関係での「信頼残高」について具体例をあげながら紹介しようと思います。

太郎(仮名)という男の子は高校3年生で、高校1年生の弟(次郎)がいます。太郎は都立では三番手校と呼ばれる学校に通っており、弟の次郎はトップ校といわれる名門都立に通っています。太郎は長男ですが、高学歴の両親も、初めての大学受験ということで太郎がどこの大学に行くのかとても気にしています。太郎が家に帰ってきて、風呂に入り、ご飯を食べ、「ふー」と一息ついてソファに座り、リビングでTVを観ようとすると、「勉強はしなくていいの?大学は国立に行くのよね?」とお母さんが声をかけました。お母さんは続けました。「次郎はこの前の中間テストで学年5番だったのよ?お兄ちゃんなんだから、あなたももう少し勉強しないと。」お母さんとしては、嫌味を言ったつもりはありませんでしたが、太郎は「わかってるよ!」と少し声を荒げながら自分の部屋に戻っていきました。

太郎はイライラして、鬱憤を晴らすために机に向かって漫画を読んでいます。30分だけ読んで、それから受験勉強をしようと思っていました。気持ちも静まり、さて、そろそろ勉強をしないとまずいな、と本人が思っていたこと、ちょうどお父さんが帰ってきました。

「コンコン」とノックをして、お父さんが太郎の部屋に入った時、太郎は漫画を読んでいます。それを見たお父さんはこう言いました。「何だ、太郎、そんなに余裕があるのか。さっきもリビングでテレビを観ていたとお母さんから聞いたぞ。そんなことで国立大学に行けるのか?」太郎は、「わかってるよ!今勉強しようと思ったところなんだよ!」と答えます。それに対してお父さんは、「少しは次郎を見習いなさい。」と言葉を返しました。

 

 

「信頼残高」とは、ある関係において築かれた信頼のレベルを表す比喩表現であり、言い換えれば、その人に接する安心感という具合のものでしょう。

たとえば、三郎と花子というカップルがいたとして、三郎がたまたま新宿の街を歩いている時、花子が喫茶店で面識の無い男と一緒にお茶を飲んでいるのを見かけたとします。

三郎と花子の信頼残高が高ければ、三郎は花子と一緒にいる男を見て、もしかしたら喫茶店に入って、「たまたま外から見かけたから」と自然に話かけて、花子の方も、「いとこの四朗が今家に来てて、新宿を案内していたところなの」と伝え、もしかしたら3人に会話の花が咲くかもしれない。逆に信頼残高が低ければ、その光景を見た瞬間三郎の心の中には、「花子が知らない男と一緒にお茶をしている。俺に黙って浮気をしている。許せない。」という思いがわき、夜になって呼び出して、「携帯を俺に見せろ」と花子にせまるかもしれない。花子の方も、「どうして?」と聞くが、「何か隠し事をしているから見せられないのか?」と問い詰め、「隠していることなんかないけど、何を疑っているの?見せたくない」という具合になるだろう。

 

 

つまり、同じ現象が目の前に起こったとしても、信頼残高が高いと低いでは、全く違う結果に陥るということだ。

 

 

太郎の家庭はどうだろうか。もしかしたらこの記事を読んでいる受験生の中にも、同じような境遇に置かれている人がいるかもしれない。太郎の親は「国立大学」を前提にしているが、もしかしたら太郎は私立W大学へ行きたいと思っているかもしれない。漫画を30分と決めていたように、TVも30分だけと決めていたかもしれない。本人も弟の存在は意識しており、兄としてプライドを見せるためにも親に認められたいと思って努力している部分もあるかもしれない。しかし、太郎が心の中で何を考えているか、そのことを先に察する前に親から一方的に太郎が望まぬ言葉を浴びせられ、勉強へのやる気を思わぬところでくじかれているという現状ではないだろうか。親子の信頼残高は、そのような日常のすれ違いによって少しずつ「引き出され」、残高へ減っていく一方だ。残高がマイナスになってしまえば、どのようなコミュニケーションも「不信感」を根底に置いてなされてしまうことになる。

 

 

では、信頼残高を高めるためにはどうしたらよいのだろうか。スティーヴン氏は以下の7点についてわかりやすく説明している。

(1)  相手を理解する

(2)  小さなことを大切にする

(3)  約束を守る

(4)  期待を明確にする

(5)  誠実さを示す

(6)  引き出しをしてしまったときは、誠意をもって謝る

 

(1)  相手を理解すること。

相手を理解するというのは、相手にこうして欲しい、こうであって欲しいというのを押し付ける前に、その人が何を望んでいるのか、何をしようとしているのか、その人の立場に立って考えることである。条件をつけてこうやってくれれば自分もこうする、とか、自分がこうやったのだから相手もこうしてくれて当たり前だ、という利己心を取り払って向き合うことが必要になる。

 

(2)  小さなことを大切にする

「髪の毛切ったんだね」その一言で、自分のことを見てくれているんだな、そう思うこともある。前話した話をちゃんと覚えてくれていると感じただけで、大事にしてくれているのだな、それが分かることもある。

 

(3)  約束を守る。

逆に、約束を守らなかった時のことを考えてみよう。次のテストで、○○は絶対出すからな!と言った先生が、実際のテストでそれを出さなかったとしよう。その先生は生徒と会う度に、○○は?と聞かれることになるだろう。

 

(4)  期待を明確にする。

これについては少しわかりにくいかもしれない。たとえば家のゴミ出しを週に1回は太郎がやることになっていたとする。ある週太郎は次郎と話をして、今週のゴミ出しは朝練の関係でできないから、次郎に頼んでいたとしよう。次郎は確かに約束をしたのたが、次郎がそれを忘れてしまって、家に帰ってきたところ「どうしてあなたはゴミ出しをしなかったの!」と怒られてしまったとしよう。小さなことではあるが、約束を守らなかった次郎に対しても、頭ごなしに叱られたことで親に対しても、信頼残高は引き出されることになりかねない。

「あの時こう言ったじゃない」

「いや、言っていない。俺がいったのはこうじゃなくてああだ。」

というようなケンカは、家庭ではなく職場でも見られる。学校でも見られるかもしれない。

 

(5)  誠実さを示す。

「信頼がなければ、友情はない。誠実さがなければ、信頼はない。」この章の冒頭はこの言葉から始まっている。

誠実さを示す重要な方法の1つは、その場にいない人に対して忠実であることだ。

どこででも見られることだが、その場にいない人に対する悪口を聞くことが多い。

もしくは、「あなただから言うのだけど、これは○○から秘密だと言われているのだけど」などと言って人の秘密を話す人がいる。その秘密を打ち明けられた人は、自分の秘密もこのように人に話しているのか…と、その人に対して幻滅してしまうことだろう。

また、「人のふり見てわが身を正せ」や、「人の目のちりを取ろうとする前に、自分の目にささった梁(はり=天井を支える大きな柱のようなもの)を抜け」などという言葉があるように、人のあら探しをしたり、揚げ足を取るようなことをせず、

人の欠点に接しても、「まず批判ありき」という姿勢を改め、たえず自分自身を顧みる姿勢に誠実さはあらわれるのではないだろうか。

 

(6)引き出してしまったときは、誠意をもって謝る。

素直に謝れる人は、人望を得る。「実るほど、こうべを垂れる、稲穂かな」という言葉があるように、謙遜である人は自分の過ちに対して意地をはることもない。その結果、助言を得やすくなり、新しい知識や考えを吸収し、成長する。また素直な謝罪に対して、心を打たれる人は多い。誠意ある謝罪によって、許し以上のものを得ることもあるのだ。

 

今回は「信頼の残高」ということについて記事を書きました。

受験とは何の関係も無いじゃないか、そう言われたら、そうかもしれない。

でも、受験も一人でするものではないと思うからこその記事だと思ってください。

学費を出すのは誰ですか?普段、お弁当を作ってくれる人は誰ですか?親の協力と理解無

しに、大学へ行けますか?

勉強をするにも、人と人との間の「公的成功」が必要です。

学校の先生、ライバルであり仲間でもある友達、いろんな人と人の間の中で、大学受験

へ向かっているということも忘れないでください。

今回の記事と、これから第四、第五、第六の習慣は特に、人間関係についてのことがメイ

ンになっています。

 

 

勉強だけができれば成功できるわけではありません。受験を通しても、自分自身の人間性

を磨き、高め、己を変化させながら、早稲田大学を目指して欲しいと思います。

 

 

 

 

 

 


『自分の性格の向き合い方』連載、第四弾

2013, 6月 24th,月曜日,

第4段
自分の性格について以前より意識するようになってきた皆さんへ
今日はいきなり質問から入ります
自分の性格って 生まれつきだと思います?
それとも後から身に付いたものだと思います?
これは私がヨーロッパに留学してたときのことです
そこには
ロシア人 スイス人 ドイツ人 フランス人 アメリカ人 他にも様々な国の人たちが 同じ授業を受けてたんです
すると毎回そこではいろんな議論が交わされるんですが
最後まで議論が白熱するのは 決まってドイツ人達なんです
あとのみんなは もう一通り意見出したし納得したから 次の話題に移ろうよ~って半ば話題に飽きてるんだけど
そんな空気はおかまいなしでドイツ人たちの議論が止まらない(笑)
自分が納得するまで自分の意見を伝えてました
私はいっつも口をあんぐりあけて 彼らのやりとりをひたすら聞いてましたね~(–;)
このとき私は「民族性」というものを強く感じましたよ
カルチャーショック!
ドイツでは小さい頃から 自分で物事を考え 自分で考えたことを相手に明確に伝える という教育が徹底されているようで 噂には聞いていたけれど ほんとにそうだったね― みんな強者揃いだわー って感服しつつちょっとびびってしまいました
だって私には
日本の政治はどんな政治なんだ?
日本人は何を信じてるんだ?(宗教のことね)
って日本の学生があんまり質問しないような質問ばんばんしてくるし
えっと~ 政治詳しくないしなー
日本に宗教いろいろあるけど外国語で説明しにくいしな~ なんて言おう困ったなあ
ってしどろもどろ
自分たちは プロテスタントだ カトリックだ どっちがどうだああだって 白熱してて あっけにとられてましたね(苦笑)
あとですね、
日本人は教室で誰かひとりぽつんとしてると
誰かが心配して 「一人は心細いかな」って気を利かせて話しかけたり とかあると思うけど ヨーロッパの人たちは発想が違う
あの人は自分から一人になることを選択してるんだから 一人の時間を邪魔しない
相手が話したくなったら自分からこっちに来るだろうから そのままにしておこう
って考える人の方が多いみたい
個人の意見を大切にして育てられた彼らならではの優しさですよね―
いや―またまたカルチャーショックでしたよ
話がそれましたがこの2つのエピソードを通して 何が言いたかったかというと
私たちは
小さい頃から 国や民族、自分の親や家族が 何を意識して自分を育てるかによって
自分の生き方や考え方が影響を受けるので
自分本来の性格に加えて
後から身に付けた性質というのもある
ということです。
環境や保護者を通して得た性質は 良いものはどんどん伸ばせばいいし
逆にあまりよくない習慣 (自分を責めること、卑下すること、嫉妬深いとかついかっとなって他人を傷つける言動をとってしまうetc)
があるなら、自分次第で取り除いていくことができる
ということなんです。
だから長所はどんどん褒めて ますます伸ばしてあげながら
短所については 少し深く掘り下げ どうやったら取り除いていけるかを 次回以降考えていきましょう!
話が少しずつ深くなっていきますよ―。 しっかりついてきてくださいね―(^-^)


『高校生活に満足できない人へ 2』

2013, 6月 21st,金曜日,

こんにちは。このページに訪れた人はおそらく、「本当に高校生活に満足できなくて何とかしたい」と思っている人と、たまたまサイトを眺めていて「どんなことが書いてあるのかな?」と好奇心を持った人のどちらかでしょう。

 

これを書いている俺は大学生だけど、振り返ってみると高校時代は満足していなかったけど、今になるとあれも良かったな、と思えたりもします。だから、一概に満足できないでいる人に、どうやったら満足できるようになるのかというのも言い切れないところがあります。

 

とりあえず、満足できないことについて、何で満足できないのか把握することが大事なのではないでしょうか?

 

俺自身振り返って満足できないと思っていたこと…

・高校が遠い

・授業が多い、課外授業が多い、ついていくのが相当きつい

・ひたすら勉強、受験生のストレス半端ない

・女子にモテない、彼女はできない

・校則が厳しい

・先生の面倒見がよくない

 

今まで出会った友達から高校時代のことを聞いて不満に思っていることはほかにも…

・もっとバイトをしたい

・学校の授業が受験に対応してなくて受験勉強が大変

・弟妹の面倒を見なくちゃいけなくて自分の進路に集中できない

・家庭の問題で学校自体に集中できない

・自分の外見に自信がない

・友達が少ない

・部活のチームがバラバラ、勝てない

・部活がきつすぎる

・先生と仲が悪い

・指定校がしょぼいところしかない

・周りがすごすぎてとても指定校では行けそうにない

・毎日が何となく楽しくない。学校に行きたくない。

 

ここに載せきれない問題も色々あると思います。

 

特にワセモンに訪れている人は、主に早稲田を目指している人だと思われるので勉強関連で満足できない、悩みを抱えている人が多いでしょう。高校のレベル自体が高く無くて、孤独な受験勉強を強いられる人もいるかもしれません。実際に早稲田に来ても、○○高校から初めて早稲田に来たんだ、それが俺だ!と豪語している奴もいました。そういう人は、おそらく周りが指定校とか推薦で大体決まっていて、一般入試まで勉強する人は少ないから、それこそ孤独な受験になるし、そういう学校だと授業も緩いから、予備校に行かないといけない状況、でもお金がなくて予備校には行けなくて独学で何とかする、そういう人もいるから、そうだと本当に苦しいでしょうね。

 

でも意外に、受験生なのに恋愛で悩んでいる高校生も多いのではないでしょうか。元々彼氏彼女がいて、受験を期に別れる人もいるし、一緒になって乗り越えようと言ってがんばる人もいます。また、彼氏彼女がいない人も、好きな人がいて何とか彼氏彼女になれたらと思っていたり、好きな人はいないけどとりあえず彼氏彼女がいたらいいなぁと躍起になる人もいるかもしれません。これを書いている俺も、高校3年生の時そんなに親しくもない女の子に惚れてしまい…それが気になって仕方なくて勉強に集中できなくて、無理だとわかっていながらとにかく自分の気持ちにケリをつけるためだけに告白して、案の定フラれてしまったという経験もあるから、そういうのは多分他にもいるんじゃないでしょうか。

 

自分がカワイイとか、可愛くないとか、カッコいいとか、ダサいとか、自分のことで悩んでいる人も少なくありません。何かと携帯が気になって、facebookにいいね!をしてもらえないと何かさびしくなったり、LINEで何の着信も来ないと、何か疎外感を感じてしまったり…受験生だけどなぜかクラスで周りにやたらと気を使って合わせようとする自分がいる…そういうことで、満足できない、何となく満足できないと思っている人もいるでしょう。

 

悩まない人は全く悩まないけど、悩む人はとことん悩む、特に10代。10代が一番人生で悩むんじゃないか、と思うくらい悩みます。このページに訪れて、本当に満足できないなぁ、何とかしたいなぁと思ってこのページも読み進めている人、きっと一人じゃない。

 

俺も悩んでいたからこれを書けるわけで。でも不思議とその悩みって、ずっと続くわけじゃない。その時はわからないけど。いつ抜け出せるのか、そのトンネルから。心をふさいでしまった雲からいつ晴れ間が見えるのか、その時は全く想像もできないけど。でもいつか抜け出せるし、青空とお目にかかれる。

 

 

でも、今だって、何の対処法も無いわけじゃない。

幸いなのは…、学校の先生、友達、家庭の問題、、そういう外の問題ばかりは変えるのはどうしても難しいけど、自分自身のことは、実は変えられる。一番確実に変えられる存在は、自分自身じゃないかと思う。

 

 

人生には、満足してはいけない場面と、満足しないといけない場面の2つがあると思う。

最近、AKB総選挙でいわゆる「へたれアイドル」の指原莉乃が見事1位に輝いて、「目標を持たずに生きる」とコメントしていたが…正統派を自負する俺から言わせてもらうと、

やはり何かをすることにおいて、満足してしまってはいけない、向上心や目標というものを持ち続けて生きるというのはすごく大事なことだと思う。

 

 

でも、満足しなければいけない場面というのもきっとあると思っていて。

最近ある女の子が、「神様は不公平だ!」といきなり言うものだから、「何で?」って聞いてみた。すると、「かわいい子とかわいくない子がいるから、不公平だ!」って言ってた。つまりその子は自分がかわいくないと思っているのだが、男の目から見るとどちらかというとその子は「かわいい子」に分類されるようなタイプだった。それで、俺はこう答えた。「まぁ、神様がいるかいないかは別として、神様にとってどの子がカワイイか可愛くないかわかんないから、もし人と物差しが違ったら、不公平じゃないかもしれないじゃん?」と聞き返してみた。その子は「そっかぁ~」と、変に納得していたが笑

 

 

どうやっても変えられないものについては、満足してもいいんじゃないかと思ってる。

たとえば自分の置かれた状況。自分に与えられた名前。自分に備わっている身体的特徴、顔かたちetc。これは、個人的な意見。よく言われる話だけど、コップの中に半分の水が入っていて。

「半分しか無い」と見るのか、「半分もある」と見るのか、それは自分の考えの問題。

 

ワンピースで、主人公のルフィが、兄貴を失って、自暴自棄していた時。ジンベイっていうのが、「失ったものではなく、今あるものは何か!?」と問いかけた。ルフィは目を閉じて思い浮かべた。自分にあるものは何か。指を折って数えてみた。そして、答えた。「仲間がいるよ!」って。

 

 

すごくいいシーン、いい言葉だと思った。無いものに先に目を向けて不平を抱くのではなく、有るものに目を向けて満ち足りてみる。もちろん、本当に厳しい状況の人もいる。

世界で私は一番不幸なんだ!誰も私のことなんてわかってくれない!と話していた人もいた。たしかに心の問題だから、それは、本人がそう感じたらそうなのかもしれないけど、

世界全体を見渡してみたら、シビアな状況の中で笑顔を浮かべて暮らしている人も沢山いるはず。

 

 

どこかで、自分自身そういう風に思うようにした。きっかけは早稲田に来てからだったけど。とりあえず、彼女とか絶対必要なものでもない、自分の顔がどうとか、そういうのはどうもできないけど、とりあえず、自分を磨けばいいことあるかな?そう思い始めた途端、「○○君、彼女いるの?」と女子に言い寄られることが増えるという皮肉な現象が生じたりもしたが…。周りに、「女の賞味期限は短いのよ!」と言って、いつも誰かしら男が隣りにいるような女の子もいたが、でもそれって、だからって満足かというと、傍目から見ても満足してないようだった。相手がコロコロ変わるのだから、どんなにモテても、結局は満足してないようにしか思えないし、「賞味期限」が本当にあってそれが終わってしまったら、もう幸せになれないってことになる。つまり、どっかで必ず限界が来るものを中心にしてるようにしか感じなかった。こんなこといっても、モテない奴のひがみと読まれてしまったらどうしようも無いのだが…でも個人的には、男でも女でも、まず「彼氏彼女ありき」の前提でなく、しっかりした自分を持って、目標を達成しよう、自分を磨こうって努力している友達を尊敬しているし、自分もそうであってこそ、自分のやるべきことに集中できていいと考えるようになった。とりあえず今の自分、状況に自信を持ってみる。そうすると、自分の心持ちが変わっただけで、見える景色が変わってくるものもあった。

 

このページを読んでも、だからといって状況がすぐ変わるわけではないだろうし、だからといって高校生活に満足できるようになるかと言ったら、何の助けにもならなかったかもしれない。でも、自分が悩んでいることって、もしかしたら必ず悩まないといけないことではないかもしれないし、自分だけと思っているかもしれないけど、他にもいるかもしれない。そして、絶対に変えられないこと、どうしようもないことではないかもしれないし、もしかしたら不幸だと思っていることが、どこかで幸せに転じることもあるかもしれない。

状況は変わらなくても、自分のとらえ方は変えられる。そうしたら、もしかしたら今まで満足できなかったものから、満足を得られるようになるかもしれない。

 

何かの参考程度にして、これから高校卒業までの期間、後悔のない充実した高校生活になるよう、ワセモンスタッフ一同、応援しています。

 


6月のニャオン会開催!

2013, 6月 21st,金曜日,

力を合わせて受験を戦おう!ーその名も『ニャオン会』


『早稲田合格!!』 同じ目的に向かって挑戦する仲間達とワセモンで いつもみんなの相談に乗っている早稲田現役生達。 実際に会って語りあってみませんか!! 受験について、高校生活について、互いに語り、互いの問題をぶつけ、 互いに解いてあげて、励まし合って、みんなで受験を戦っています。
雰囲気はとっても和やかで、全然緊張しなくて大丈夫です^^
先輩たちはみんな優しいのですぐに仲良くなれますよ。

「なんでニャオン会? 」
「だってネコが鳴くときニャオンとなくでしょ☆」

前回参加してくれたみんなの感想
 ・手作りのお菓子が美味しかった
 ・現役早稲田生と話すことで早稲田を近くに感じることができた
 ・普段友人や親にはなかなか話しづらい悩みや夢も、
一ヶ月に一回しかないニャオン会だと話しやすい!

 ・同じ夢を持った仲間達と話すことでモチベーションがあがった 

次回はトークの後、テストシーズンということでみんなでテスト勉強します!!
各自自分の勉強道具を持ってきて下さい。
その場で現役早稲田生が勉強を教えてくれます!!


日 時:6月29日(土)14:30ー17:30
場 所:大隈タワー(早稲田大学本部キャンパス内)
参加費:無料
対象:高校生(1~3年、浪人生も参加可)

参加方法: (前回参加された方は名前のみで結構です)

◆お名前(ニックネーム可)
◆性別
◆学年
◆出身地
◆志望大学と学部
◆同年代の高校生とこんなテーマで語りたい!!
(〇〇なとき、みんなならどうしてる?など)

を一言明記の上、nyaon.kai@gmail.comへ送って下さい。
締め切り日:6月27日(木)まで ※先着順

皆さんにお会いできるのを ワセモンスタッフ一同、 心より楽しみにしています!!!!

※人数が埋まり次第募集を締め切ります。
※異性との出会いを目的とする参加は本企画の趣旨と異なりますのでご遠慮ください。


『モチベーションを保つ自己管理術 4』

2013, 6月 8th,土曜日,

モチベーションを保つ自己管理術4 

名著を要約して紹介しながら、受験で勝利を治めるためのメンタルトレーニングができるコーナー。今回はスティーブン・コヴィ氏『7つの習慣』の第三の習慣について記事を書いていこう。

ここで少し時間をとって、次の2つの質問に対する答えを書いてみてほしい。第三の習慣を紹介するにあたって、大変重要なものになる。

第一問
「もし、常日頃から行っていれば、あなたの私生活の質を著しく向上させる活動がひとつあるとするなら、それは何だろうか。」

第二問
「同じように、あなたの仕事の業績または結果(試験の結果)を著しく向上させる活動がひとつあるとするなら、それは何だろうか。」

復習すると第一の習慣は別の言葉で言えば、「あなたは創造主である。あなたは自分で考え、自分で決められる」ということである。

第二の習慣は、第一の創造、すなわち知的創造(計画立案、材料の選定)を実際に行うことである。つまり、自分の価値観と将来のあるべき姿のビジョンを心に刻み込むことである。

したがって、第三の習慣は、第二の創造、つまり物的創造(計画の実行、素材から作品への二次創造・再創造)を行うことである。前回は、「目的」を見失わないこと。「どこを目指すのか」それを明確にしないままハシゴをかけて登りはじめると、たどり着いたところでそこが本当に目指したところで無いことに気づき、嘆く人が多いことを紹介した。
では、目標、目的、設計図を明確にしたところで、それを実行するにあたってもっとも大事になるのが第三の習慣になる。すなわち、自己管理の原則、「重要事項を優先する」ということだ。限りある時間の中で、時間の使い方、優先順位を間違えてしまえば、結果的に自己管理に失敗し、ミッションに失敗する結果を招いてしまう。

コヴィー氏は、人間の内面(精神)は、自覚、想像力、良心、そして自由意思という4つに分けられると説いているが、自分自身の運命を左右する最も大きな要因となるのが、「自由意思」だとしている。

自由意思という言葉は、もともとは宗教改革の先駆者的存在であるエラスムスが唱えた「自由意志論」、つまり神の被造物である人間は、その精神においては、神の支配を受けることはないという主張だ。つまり神の操り人間としての存在ではなく、自ら選択する存在である、ということなのだが、このようなことを触れないにしても、この記事を読む読者自身も、「自由」、言い換えば「気分」によって毎日の生活が大きく左右されているということを実感するだろう。

この自由をどうコントロールするかが、自分の成功を大きく左右することになる。
受験生であるならば、実感のわく具体例は身近なところに豊富にあることだろう。
明日、英語の小テストがあるのだけど、どうしても観たいドラマがある…とか。
今日は学校でがんばったから、本当は家で○○をやらなければいけないのだけど、少しくらいゲームをしてもいいだろう…とか。
たとえば、夏までに2kg痩せようと思っているけれど、どうしてもこの白玉プリンパフェは食べたい…とか笑
この「自由」によって、誘惑に負けてしまうことが一体人生、どれだけあるだろうか。
筆者はむしろ、全能な神の操り人形になって決して選択を誤ることなく、葛藤に苦しむことなく人生に成功できればどれだけ楽だろうかと思ってしまうこともあるほどだ。
このテーマはもはや受験の域を超えている笑

さて自分をどうコントロールするのか、その鍵となるのがモチベーションだ、という流れで、ではどうやってモチベーションを高い状態に持っていくのか、そのための自己管理術として今まで「7つの習慣」を抜粋して紹介してきた。

この第三の習慣「優先順位をつける」でも、やはり具体的に、自由意思をコントロールする工夫を見出すことができる。その工夫とは、見えない「自由意思、心」に目をやろうとするのではなく、見えない心が見える形となってあらわれる「自分自身の行動、時間の使い道」にアプローチしていくことだ。
「時間を管理する=(自由意思の結果体としての)自分の行動を管理する」という認識を持って、正確に時間を細かく区切って、自分自身把握することから始めてみよう。その際、ただ自分の行動を書きだすのではなく、以下のような分類に従って、把握してみることをすすめる。

(罫線がアップできなかった)
タテ軸に重要、重要でない
ヨコ軸に緊急、緊急でない
4つの領域ができるように線を引いて欲しい。
重要―緊急が第1領域
重要―緊急でないが第2領域
重要でない―緊急が第3領域
重要でない―緊急でないが第4領域

このような表の中に、自分の行動の全てをわけてみる。
朝起きて、顔を洗い、着替える。朝食を食べる。学校へ行く。1時間電車に乗る。6時間の授業があり、その1つ1つの授業がそれぞれ自分にとって質と内容は異なっている。1時間休憩時間になって寝ていることもあれば、1時間スマートホンをいじって終わることもある。また、先生の言葉が胸に響き、必死にノートにメモを残しながら有意義に過ごす授業もあるかもしれない。細かく分析した時に、学校にいる朝8時半から夕方4時までの時間8時間を一体どのように過ごしているだろうか。友達と話す時間、移動する時間、トイレに行く時間。その後予備校に行くまでの時間、帰宅してごはんを食べ、お風呂に入り、肌の手入れをし、残った時間はどれくらいあるだろうか。
上の表には、重要、緊急という軸で分類したが、高校生や浪人生は、自由に選択できる時間が少ない分、幅は小さいかもしれない。しかし、塾にも行っていない休日の場合、これは大きく変わるのではないだろうか。
緊急と、緊急ではないを分けるのが難しい場合は、「強制」か「強制でない」という具合に分けてもいいかもしれない。たとえば以下のようになるかもしれない。

(本当は枠を書いた中にわかりやすく書きたいのだが罫線がわからず)
第一領域(重要であり、緊急・義務・強制である)例
・受験科目と合致した有意義な選択授業
・提出期限のある宿題
・せっぱつまった問題
・病気や事故
・思わぬ災害

第二領域(重要であるが、緊急・義務・強制でない)
・授業の予習、復習
・英語の文法、単語、長文読解。
・世界史の教科書を読む、問題集を解くなど様々な受験勉強、睡眠、食事
・人間関係づくり、健康管理、準備や計画、意味のある気分転換、身だしなみ

第三領域(重要でないが、緊急・義務・強制である)
・退屈で居眠りのための授業
・避けられない来訪者
・必要な移動時間
・雑事、LINEなどにおける無視できないつきあい

第四領域(重要でもなければ、緊急・義務・強制でもない)
・暇つぶし。
・単なる遊び。ゲーム。
・だらだらスマートフォンを使う。
・無駄な電話。
・何もしない待ち時間。
・ぼーっと観るTV。
・不要なアルバイト。

このように分類した後、自分の24時間を割り当てていった時、どこが大きくなるだろうか。さすがに受験生で、第四領域が大きくなるようであっては、成功は難しいのではないだろうか。
このように分類しながら、24時間を正確に、細かく区切って(裂いて)、把握した時に、自分の心がどのように行動にあらわれているかを知ることができる。
そして、その有限な時間を有効に活用するために、第四領域の絶対数を減らし、重要ではないが避けることのできない第三領域の中で隙間時間を活用し、第一領域は「当たり前のことは当たり前にやる」を前提としながら、
【自分次第で大きく変えることのできる、義務ではないが、重要な第二領域】を豊かにしていくことを目指すことが重要になってくることがわかるだろう。

それは必ず「今」やらないといけないことなのか。それは必ず「自分」がやらないといけないことなのか。人に任せることができそうなものはリストアップし、任せることができる相手を書いてみるのも良い。

必ず一週間の計画を立て、その週の役割を目標を書きとめて、具体的な行動計画に移す。
一週間の終わりに、あなたの計画がどれだけ自分の深い価値観と目的を日常生活に反映したものだったか、あるいは自分の価値観と目的に対してどれだけ誠実だったかを評価する。

第一問
「もし、常日頃から行っていれば、あなたの私生活の質を著しく向上させる活動がひとつあるとするなら、それは何だろうか。」

第二問
「同じように、あなたの仕事の業績または結果(試験の結果)を著しく向上させる活動がひとつあるとするなら、それは何だろうか。」

最初の問に書きだした答え、この答えは一人ひとりによって違うものだろう。しかし、この答えが、時間の制約から大きく自由を得て、毎日継続的に実行でき、自分に良いリズムをもたらすようになれば、自分に自信もつき、見通しを持って日々を過ごすことができるようになるだろう。次回以降は、人間関係についての習慣が主となってくる。受験とは関係ないと思える部分も感じるが、親や先生、ライバルであり仲間でもある友人たちとの関係をいかに理想的に築いていくのかという視点で、紹介していこう。


『なぜ勉強するのか』第二弾

2013, 6月 7th,金曜日,

なぜ勉強するのか。なぜ勉強するのか、それは頭で分かっていても、心に「勉強しなければ、勉強したい」と感じなければ、行動することが難しいというのは、おそらく高校生なら誰しもが経験する悩みだと思う。
今日は、理論的に、~だから勉強しなきゃ、…のために勉強がんばって!と鼓舞するような記事ではなく、「心に訴えてくるもの」がある、と感じたあるスピーチを紹介しよう。

今日は、観ている人もいるかもしれないが、NHK「スーパープレゼンテーション」で放送された、ある人のスピーチだ。番組の紹介は割愛する。


• 5.13 ON AIR
• Sugata Mitra
• スガタ・ミトラ
• The child-driven education
• 「子どもたちは自ら学ぶ」
英語リスニングの勉強もかねて、聴いてみて欲しい。
↓こちらのNHKの方は、時間が経つと配信が終わってしまう
http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/130513.html 日本語訳付き
↓こちらのTEDの方は、おそらくいつまでも見れると思う。日本語訳付き


できれば、スピーチを聞き終わってから、この記事の続きを読んでほしい。








お疲れ様でした。

英語は聞き取れましたか?

どんなことを感じましたか?

私(ワセモン)は、普段は高校生に勉強を教える仕事をしているので、勉強したくない人がどうやったら勉強する気になるのか、ということについてよく考えて過ごしています。

おそらくこの「早稲田門」のHPを見て、さらにこの記事までたどり着いて読み進めている人はおそらく、「早稲田に行きたい」という思いが、強く、もしくは漠然とあることでしょう。そういう人は、おそらく日本全国的に見ると、ほんの一握りだということが、教師になるとわかります。

専門学校に行きたい人もいるし、就職する人もいる。大学には、「行けるところ」「楽して入れるところに入りたい」と思っている人も、沢山いるのが現代の日本だと言えるでしょう。

今年の3月、NHKで、東大生とソウル大生と、インド工科大学生が同時通訳で「勉強すること」について議論する、という深夜番組がありました。

東大生でさえ、東大に入れば、テスト前を除いてほとんど勉強しない。大学に通う間も、その番組に出演していた3人の学生は、部活やサークル、アルバイトなど、人付き合いなどに中心を置いていると話をしていました。

番組が終わって、ソウル大の学生が、「東大生があまり勉強していない、ということを知って安心した。これで韓国は、日本よりも世界で活躍する国になる。」と、笑顔で話をしていました。「国の発展や、国際間の競争」に心が向いていることがよく伝わってきました。

おそらく日本も、20年前まではそうだったのではないかと思います。1960年に高度経済成長期になり、所得が倍増し、終身雇用であり、いい大学へ行き、いい企業に就職すれば、いい結婚もできる。銀行も、女性の場合は、顔が良ければ採用されて、入社して、社員と結婚すれば寿退社する、ということも珍しくなかったそうです。

しかし、バブルが終わり、失われた20年といわれるこの平成の時代を生きている現代のみなさん、高校生、そして大学生にとっては、「目に見える形」で勉強をすることの目的や、
その利益、のようなものを見つけられなくなっているのではないかと思います。


そんな中、今回のスガタ・ミトラさんのスピーチを紹介したことには、あまり難しい理由はありません。


子どもたちの「好奇心」に、純粋に驚かされたからです。

スピーチを聞いた人は、驚きませんでしたか?

「子どもが持つ、学ぶ力」それが「好奇心」だと思います。


みなさんも、このHPを見るまでに、自然と身に着けてきた能力があります。
正確に言うと、何がしかの教育を経て、この文章までたどり着きました。

文字を読むこと。パソコン、もしくは携帯を操って、インターネットにコネクトし、このサイトを目的を持って、もしくは偶然に探し、この記事と出会い、興味を持ち、読んだのです。

私は、この記事を読むよりも、スガタ・ミトラさんが紹介した子どもたちの様子を見て、何か感じて欲しいという思いで、「なぜ勉強するのか」というテーマで紹介しました。


私も高校生に勉強を教えながら、どうやったら勉強する気にさせるのか悩んでいる、と伝えましたね。

まだ、ベテランという程に経験は積んでいませんが、自分なりの答えを持っています。

それは「楽しむ」ということです。まずは自分が楽しむ。自分が、この授業はいい授業だ、そこに挑戦する。そして、それを目の前の生徒たちにぶつけていく。

すると、こういう反応が返ってきます。


「先生、本当に歴史好きなんだね」
「楽しそうに授業している先生を見るのが、楽しい」
「歴史は暗記だと思ってて、嫌いだったけど、何か好きになった」
「先生の授業は、何か、人として考えさせられる。勉強になる。」


ありがたいことです。

教えるために、先生も沢山勉強します。

自分が勉強する先に、教えることで目の前の若者たちに還元して、それを受け取って、何かを感じ、何かを返してくる、もしくは、吸収した知識によって感化され、変化し、成長していこうとする姿をみられる。それが、授業の最高の醍醐味だと感じています。

自分が刷新される分、その醍醐味は予測不可能なほど増していく。だから勉強は楽しい。

私は、目の前の高校生たちよりも子どもなのかもしれない。

TVを観るにしても、本を読むにしても、「へ~、こうだったのか」や「思い違いをしていた」そんな衝撃を受けることが少なくない。そしてそれが、自分の仕事、自分の生活に直結している。

これは、教育を生業にしているから言えることではあるが、

おそらく、どの仕事をしても、どこで暮らしても、何歳であっても、

何かを「学び」何かを「教える」というのは、地球全体で、自然に、当たり前になされていることなのではないかと思う。

受験、テストの点数、それがこれを読む人にとっての至上命題だというのは、よく理解している。

でも、それだけ、大学に合格するということだけを目的にすると、少し、窮屈なのではないだろうか。


「誰でも、おさない子どものような心を持っていなければ天国に入れない」
という格言があるが、

それは、今回紹介したスピーチになるように、純粋で、どんなことでも吸収する力がある、子どものようであってこそ、固定観念にとらわれず、変化に富んでいて、新しいこと、必要なことを感じ取って、変化していくということをあらわしているのではないかと思う。


これから、車の運転も覚えたり、料理も覚えたり、税金のことも覚えたり、就職して仕事を覚えたり、運命の人と出会って結婚生活を始め、家庭を持ち…そうやって人生の時は、止まることなく進んでいきます。そしてその時間のすべての中に、意識的に、もしくは無意識的に、学びがあります。

今は、「点数」という絶対的で、残酷な現実が突きつけられる勉強に縛られている分、
その苦しさ、負担、ストレスはよくわかりますが、それさえも、人生の1つの通り道にすぎません。

時間は有限であり、実力という現実に、打ちひしがれる時もあるかもしれませんが、
「宿命」だと思って気負わずに、大きな心を持って、自分の成長のために、人生の望みとする「実」を刈り取るために、楽しく、努力してみたらどうでしょうか。

「なぜ勉強するか」について、引き続き連載していこうと思います。ワセモン。